誰もが聖人となれるか

とある知人の親御さんが聖職に従事する方(神父)で、その方の日常の振る舞いについて話を聞いた。

話を聞くと、その方の振る舞いは、驚くほどの徹底された自己共感の境地だった。教会には、強烈なほどの悲惨な状況の人々が相談に来るそうだ。例えば、家族全員がうつ病統合失調症のような状態になっていて、収入がなく、著しく清潔さを欠いた生活をしている一家など。しかし、その神父の方は、このような人々と直面しても全く動じず、親身になって話を聞き解決策を共に探るそうだ。むしろ、相談者の状況が悲惨であればあるほど、生き生きと事態に応じるそう(すごい・・・)。

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安曇野パーマカルチャー塾でのNVC講座

安曇野パーマカルチャー塾に塾生として通っているが、今月は講師としてNVCの講座をやらせてもらった。

基本的なNVCの考え方に加えて、NVCを日常で実践しながら感じた共感の力と、共感することで見える世界の姿を自分の言葉で伝えた。塾生たちの希望につながる何かが手渡せたと思う。喜びで満たされている。

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共感茶の間(2018年6月27日)

NVC(NonViolent Communication)による、安心、安全で、そのままの自分で居られる、居心地のいい場所。

共感茶の間。始めました。

自分がそんな場所に居たいから、始めました。

そんな場所の居心地の良さをみんなに知って欲しいから、始めました。

ソーシャルレジデンス拝島で、共感茶の間、やってます。

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防弾チョッキだって銃だって持ってないのに、僕らは無防備じゃない

僕らは無防備か?

そりゃ防弾チョッキだって銃だって持ってないし、無防備じゃないか。

いや、そりゃそうなんだけど。

自分の命は丸腰か?

っていう質問。

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改めて歴史を学ぶ

自分を生きるため、新しい知識を得ることに取り組んでいるが、その知識が生まれた経緯や背景を含めて俯瞰的に理解をしたいという思いから、今、改めて歴史を学んでいる。

知識というものは、所詮、人が体系化したものであり、その知識が生まれた背景にある社会状況や歴史的な経緯によって、抑圧されていたり歪曲されていたりするものだ。知識を体系化した人物の持っている心の傷が引き起こす痛みが、そのまま、その知識自体にも反映されて、知識が暴力性を帯びたり盲点を持つのである。知識が持っている歪みや暴力性、盲点を把握するという意味でも、歴史を学ぶことは重要であると思う。

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